大河ドラマ西郷どんがつまらないのは、桜島ゴリ押しと西郷ワッショイ祭りのせい

西郷どんアイキャッチ

2018年の大河ドラマ「西郷どん」。先日、第8話「不吉な嫁」が放送されましたが、面白いか面白くないかで言えば、まあ面白くはないです。今年はハズレかも……と言う人の気持ちも分かる。幕末モノにしては、やや感情的すぎるというか、なんというか……

雑な脚本を演者の力だけでゴリ押しするところは花燃ゆ、歴史的事件をサラッと流すところは軍師官兵衛、ナレーションで補完する怠慢っぷりは天地人……あと、時間軸をいじくって西郷を他登場人物と早い段階で絡ませ、べつに頼んでもいないのに西郷がいかに良い男かを延々見せつけてくるところは完全に江のそれ。今のところ、西郷どんはこの4作のハイブリット大河という印象ですね。

記事タイトルでほぼネタバレしていますが、今回はこの「西郷どんが面白くない理由」を詳しく解説してみたいと思います。ちなみに「さすがにその展開はおかしいだろwww」と思って衝撃的に書いた西郷どん第4話「新しき藩主」の感想記事もありますので、興味ある方は以下からどうぞ。

関連西郷どん第4回「新しき藩主」感想

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延々続く「西郷吉之助ワッショイ祭り」

西郷隆盛はどのドラマでも「男女問わずめっちゃモテた」「人望がある男」として描かれます。西郷どんも同様で、第1回から彼の人物的魅力を前面に出してきました。が、このドラマ、その描き方がクッソ雑なんですよね!!

第1~8回までの西郷は、政治的事件が起こるたびに暴走しかけて周囲に止められ(なお、この暴走癖は、のち斉彬にたしなめられるまで続く)、ほうぼう走り回ってなんとかしようとするも最後は力及ばず号泣、というワンパターン。

しかしこの間、親族らはみな「さすが吉之助じゃ~」と彼を褒め称え、糸は「面白い人じゃあ~吉之助さぁは~」とウットリし、面識がないはずの島津斉彬でさえ、建白書を読んで「西郷…か」と一目置くような態度を取り、相撲大会でぶん投げられたあとも「西郷…大した男だ」みたいな顔をし、あの篤姫も「西郷に賭けもす♡」「ともにお殿様のために働こうぞ!」と異常な好意を抱く。

そして西郷江戸行きの支度金を用意するため大久保らは町を駆け回り、最初の妻・須賀も手切れ金のため離縁を切り出し、直後「旦那さまは日本一優しいひとじゃった~」と橋の上でワンワン泣く。1話から西郷どんを観ていた私は「え?そんな?そんな言うほどの男か?」と、ここで真顔になりました。

こんな感じで西郷どんは毎話毎話、登場人物にしつこいほど「西郷はすごい!西郷は良い男!」を連呼させてワーッショイ!ワーッショイ!します。しかし視聴者は毎回、暴走してオイオイ泣き最終的に土下座する西郷しか観ていないので完全に置いてけぼりをくらうわけです。

脚本家は多分、「西郷は人格者」「男女問わずめっちゃモテた」という後世の評価を前提に本を書いている。それが結果としてこの(かなり無理がある)西郷ワッショイ祭りに繋がっているんじゃないでしょうか。

少なくとも私には、第8話の時点で西郷吉之助が出会う人全員を魅了するような人間的魅力を持つ男には到底思えません。脚本による主人公補正で、無理矢理「魅力的な男」として動かされているようにみえる。

そもそも西郷、史実では暴走癖あるし、ヒステリー起こして周りに迷惑かけるし、堂々と命令違反するし、暴言吐くし、捨て身戦法が好きで、遠島になったときグレるからなぁ……。

ちなみに西郷だけじゃなく、作中では「島津斉彬ワッショイ祭り」も絶賛開催中です。斉彬は聡明で器量が大きく、諸公随一とも言われた人物。しかし西郷どんでは大砲をブッ放し、実父に短銃ロシアンルーレットを強要するという、かなりヤバイ男。にも関わらず、「名君・島津斉彬」という謎の補正をかけられ、無理矢理「いいお殿様」として動かされている。

一方、異母兄弟の久光。史実では斉彬が頼るほど聡明な人物なんですが、本作では今のところ斉彬の引き立て役として、マザコン気味で政治感覚に乏しいバカ若様扱いになっています。政治感覚に乏しいのは間違ってないけど、これもう~ん……

シーンの取捨選択が破壊的に下手

幕末モノ大河は政治的出来事が多く発生するので、1年の長丁場でもネタ切れの心配はありません。が、そのぶん何を描き、何を描かないのか……いわゆる「シーンの取捨」がとても重要になってきます。が、西郷どんはこの「シーンの取捨」が壊滅的に下手くそ。

1~8話を観たかぎり、歴史を主軸にしてそこに主人公を落とし込むというのじゃなく、西郷吉之助の半径1メートルで起きる出来事を中心に描くという、いわゆる朝ドラ的アプローチに思えます。が、これだとどうしても友情・恋愛・家族がメインになるので、大河ドラマとしてはやや物足りない。

西郷どんで描かれていない要素図解
現時点ではこんなイメージ

というか、どうも脚本家が政治的出来事の重要度を全く理解しないまま本を書いているように思える。だから結果的に、あんな朝ドラ的アプローチになってしまうのかもしれません。

とにかく、現時点では西郷どんにおける重要度が

歴史的事件の数々<西郷の半径1メートルで起こる出来事

になっているので、今後も歴史上の重要な出来事を軒並みスルーし、そこに至るまでのバックグラウンド描写もスルーして、篤姫輿入れの大奥事情とか、下関での木戸会談すっぽかし事件(※実際は会談の約束なんてしていない)とか、薩長同盟の龍馬に叱られ事件(※そんな事実はない)とか、遠島・愛加那との結婚とか、月照との入水自殺、西郷捕縛命令のさいの大久保捨て身の説得みたいな、お涙頂戴エピソードばかりガッツリやっていきそうな気がする。それこそ朝ドラみたいな。

少なくとも1~8話の間で、糸の結婚、ジョン万次郎、相撲御前試合よりも他に描くべき事があったと私はみる。

過程を省き結論だけで視聴者をぶん殴る

1話から西郷どんを観ている方は薄々気づいていると思うんですが、このドラマ、過程をまったく描かず、結論だけをドーン!と出す癖がありますよね。「説明不足」が基本スタンスというか……観ていて「え?いつの間にそんなことに??」と思うことが頻繁にある。いや、もちろん省いていい場面もあるんですけど、西郷どんは「そこ絶対必要だろ!!」という場面を全て、すっ飛ばしている印象です。

2部のメインになるであろう将軍継嗣問題や、西郷が最大の活躍をみせる長州征伐、そして薩長同盟、王政復古……幕末期の政治的事件を描く上で、当時のバックグラウンドや諸藩の動き、西郷以外の藩士が行った政治活動(いわゆる地ならし)も入れていかないと、どれだけ西郷を魅力的に描いても時代劇としての面白さは半減します。1部では色々な過程をすっ飛ばしまくった西郷どん、果たしてこのままで大丈夫なんでしょうか……

ケース1:調所広郷

たとえば、琉球密貿易の責任を負って服毒自殺した調所広郷。彼は琉球密貿易、奄美諸島の砂糖専売制強化などの政策で藩財政を立て直した有能な経済官僚です。が、本作ではその辺の描写がほとんどないので、私腹を肥やす悪代官みたいな扱いになっていました。

調所広郷が経済政策として何を行ったか、そもそも借金はいつどのようにして作られたのか……本当は服毒自殺に至るまでの過程をもっとじっくり丁寧に描くべきなんですが、このドラマは「西郷の半径1メートルで起こる出来事」こそが重要なので、調所に関しては諸々の過程を省き「調所広郷は江戸藩邸で服毒自殺をした」という結果だけで話を作って視聴者をぶん殴ってきます。そんなことされたら当然視聴者も「???」状態になる。

そして、最後に痛ましげな表情を浮かべた斉彬が出てきて、「悪いことをした……」と言い、有無を言わせず物語を畳みにかかるわけです。いくらなんでも雑すぎんか!!??

ケース2:須賀

さらに最新8話「不吉な嫁」。西郷に嫁いだ須賀は、西郷が江戸へ行くための支度金を用意し、貧乏な西郷家の食い扶持を減らすため離縁を決意。最後まで「貧乏は嫌だから離縁するんだ」と強がりますが、実家へ戻る途中、橋の上で「旦那さまは優しすぎる。私の気持ちまで察してくれた」と言って号泣する。

が、作中に西郷と須賀が心通わせているシーンが一切ないので、視聴者は「それ多分、勘違いじゃないかな?」と言いたくなるわけです。
西郷は西郷で、義父に「須賀どんは弟たちの面倒をみてくれていた!いい嫁だ!」と言うんですが、やっぱり作中にそんなシーンは一切ないので、こちらも「それ多分勘違いじゃ……」と言いたくなる。西郷にこの台詞を吐かせるなら、事前に須賀が弟の面倒みてるシーン入れるべきですよね?

決めシーンは毎回「桜島」

薩摩の象徴ともいえる桜島。西郷どんでは、この桜島のショットがそれはもうしつこいほど何度も何度も出てきます。

たとえば幼少期を描いた1話。仲間とともに丘を駆け上がり、岩に「Cangoxina」と刻む西郷…その視線の先にはドーンと構える桜島がありました。そして西郷が剣術の道を絶たれ、絶望のなか斉彬と再会する…その背後にもサッと桜島が写り込みます。

4話で斉彬が入国・出国するシーン、その背景もデデーンとそびえる桜島。
7話で死期の近い母を背負って西郷が向かった先にあったのも桜島。
8話で江戸へ向かうため爆走する西郷が橋の上で立ち止まり眺めたのも桜島。

あっちもこっちも桜島…桜島…桜島……!!鶴丸マーク出しまくるスチュワーデス物語か!!

説明・キャプションが多すぎる

これは昨年の「おんな城主直虎」でも指摘しましたが(というか最近の大河ドラマはみんなそうなんですが)、西郷どんはナレーション・キャプションによる説明が多すぎる。

たとえば、農政に携わっていた西郷が農民へ負担を軽くするため調所広郷に申し出た「検見取り」。本作では、わざわざキャプションを出し、ナレーションを使って丁寧に説明していました。確かにあまり馴染みのない単語ですが、視聴者はツイッターで自主的に調べるので一々説明してくれなくてもいい。

そして「吉兵衛/父」みたいな登場人物の説明キャプション。これ毎回出現するので、観ている方としては「言われなくても知っとんねん……」みたいな気分になる。登場人物に関しては、人物同士の会話でそれとなく関係性を示せばいいわけで……ドラマに集中させたいなら、こうしたキャプション多用はむしろ避けるべきでしょう。

ちなみに8話でペリーが来航したときも、「浦賀」という地名のキャプションを画面のド真ん中に出していましたね。

浦賀キャプションイメージ
こういうやつ(※イメージです)

ペリーが浦賀に来航した、なんてのは一般常識。つまり日本人なら知っていて当然なので省いても全く問題ないんだけど、このドラマではご丁寧に「浦賀」とキャプションを出してしまう。制作陣は、視聴者を小学生か何かと思ってるのかな?

……とまあ、西郷どんは伏線もなければ過程もない。結果と俳優の演技力だけでチェストォ!とぶん殴ってくるので、視聴者はしばしば置いてけぼりにされます。視聴者の想像力がかなり試されるドラマですね。う~~~ん……

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