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よなかのはなし

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「おんな城主直虎」第一部総括!不振の原因は脚本より、演出と配役にあり!

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2017年のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」。12回で第一部が終了し、4月からは新米城主直虎の活躍を描く新章へ突入!今回は1話~12話までを振り返り、メディアがギャアギャア喚いている「直虎面白くない疑惑」に切り込んでみたいと思います。

「おんな城主直虎」は不人気なのか?

メディアで「おんな城主直虎」が取り上げられると、必ずくっついてくる「低視聴率」というキーワード。近年の大河ドラマはどんな良作でも「低視聴率」や「人気低迷」のレッテルを貼られてコキ降ろされるのが常。あの平清盛や真田丸でさえ、視聴率をネタに「面白くない!」「パッとしない!」と酷評されていたんですから、メディアの評価ほどアテにならないものもない。そもそも、ビデオオンデマンドが普及した今日、もはや視聴率なんてあってないようなものなのに。

 

▼ちなみにメディアの評価を一切無視した私作の「2000年以降の名作大河ドラマ番付」がこちら。

2000年以降の大河ドラマ名作番付

 

ネットでは「脚本がつまらない!地味すぎる!」という感想が目立つ「おんな城主直虎」ですが、中世の陰鬱さ・悲惨さを前面に出した山本周五郎・藤沢周平的大河として見れば、脚本自体はそこまで悪くないかと。本作に関しては脚本よりも演出・キャスティングにこそ問題があり、この2要素が作品の足を引っ張っているように見える。というわけで、私の考える演出・配役の問題点を以下に挙げてみます。

 

1、キャスティングが悪い

例年の大河ドラマに比べるとキャスティングが異様に地味な、おんな城主直虎。特に井伊家家臣の中野直之や奥山六左衛門、瀬戸方久に三枚目俳優を起用したのが致命的で、これは視聴率にも確実に影響を及ぼしているはず。おんな城主直虎に関するツイートや感想がほぼ高橋一生絡みであることからも、「二枚目俳優少なすぎんねん問題」はかなり深刻だと言えるでしょう。

 

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画像:おんな城主直虎公式サイト『相関図』

 

1~4話の幼少期地獄を耐え抜いた猛者は、「直親の死までは我慢する!」と思っていたはず。そして直親が死んだ今は「せめて小野政次の処刑までは!」という思いでドラマを見ていることでしょう。政次が処刑されて高橋一生が退場したあと、二枚目俳優枠は傑山(市原隼人)と、二部から登場する龍雲丸(柳楽優弥)だけになってしまう。どう考えてもここで大量の離脱者が出るため、おんな城主直虎の正念場は間違いなく政次処刑の直後になると断言できます。そんな状態で、果たして終盤のイケメン枠、井伊直政(菅田将暉)登場まで持つのかどうか……。

 

戦国大河のカリスマ・織田信長に市川海老蔵を持ってくる時点で今後もキャスティングが脚本の足を引っ張る予感しかしませんが、SNSなどで大っぴらに「直虎面白くない!」といった感想を垂れ流すと、今度はNHK上層部の指示でさらなる芸人投入(※恒例のテコ入れ)が始まるので視聴者は基本お口チャックで。どうしても物申したいときはNHKに直接メールをしましょう。

 

芸人を多用する=駄作になるリスク増

私の中には「アイドル・芸人を多数起用する大河は高確率で駄作になる」という認識があります。テコ入れとして行われることの多いアイドル・芸人の起用がプラスに働くことは極めて稀で、その素人演技が大河ドラマの緊張感を消し去り、作品のクオリティを下げるケースの方が圧倒的に多い。最近だと「花燃ゆ」がこの自滅パターンでした。

 

おんな城主直虎一部では、今川が用意した偽家康役に芸人のほっしゃんが、検地のため井伊谷に派遣される岩松役に木村祐一が起用されており、あらすじを読むと二部からはダンカンや光浦靖子、TKOの2人も登場。芸人アレルギーを患っている一般人は非常に多いので、こうしたキャスティングを理由に直虎を切る人も少なくないはず。そして芸人の起用を嫌う古参ファンも離れてしまいかねません。

 

2、うっとおしいキャプション

龍潭寺和尚・南渓と次郎法師のシーンでは頻繁に仏教用語も登場します。仏教用語や専門用語はキャプションで画面上にデカデカと表示されるわけですが、これが毎度うっとおしくてしょうがない!

 

大河ドラマにおいて、このような「歴史に疎い視聴者へ向けた配慮」は必要でしょうか?IQ40レベルに合わせて脚本・演出を考えると大抵ロクでもないものが出来上がると相場は決まっていますし、日本人の想像力欠如に拍車をかけるだけ。専門用語は公式サイトで解説しつつ、「歴史秘話ヒストリア」で補完すれば済む話。よって、わざわざ作中にあんなキャプションを出す必要はないはずです。

 

スポンサー・視聴者に配慮しすぎる演出については、大河ドラマ常連俳優の中井貴一氏が新潮45に寄稿した「撮影現場の『コンプライアンス』狂騒曲」に詳しいので、興味ある方はぜひご一読を。

 

 

中井貴一氏は記事内で「ついにドラマもここまで落ちたか」と語っていますが、民放だけでなくNHK大河ドラマも年々「視聴者に配慮した過剰演出」が顕著になっており、作品の質を著しく低下させています。今はTwitterもあることだし、もっと視聴者に不親切なくらいで丁度良いんですけどね。

 

3、破壊的に合ってない劇伴

 

大河ドラマの演出で重要な役割を担う劇伴。悲壮なシーンをより悲壮に見せ、合戦をさらに盛り上げる音楽は、まさに「演出の要」。

 

おんな城主直虎の劇伴を担当しているのは、日本屈指のメロディーメーカー菅野よう子です。ただ、菅野楽曲と大河ドラマが完全にミスマッチを起こしているので、劇伴が流れた途端ドラマが破綻するという有り得ない事態になっているのが現状。最近の大河ドラマは俳優の台詞が聞き取りにくいほど大音量で劇伴を流すので、この劇伴がジャカジャ~ンと流れた瞬間「あーもー!うるっせーな!」と頭を掻きむしりたくなるんですよね。

菅野よう子より、岩代太郎の方が……

主人公が無双する司馬遼太郎・池波正太郎的大河ではなく、どちらかといえば時代に翻弄され無力さを思い知る陰鬱な山本周五郎・藤沢周平的大河である「おんな城主直虎」。ドラマに漂う全体的な仄暗さ・悲惨さ・救われなさを考えれば、劇伴は菅野よう子でなく岩代太郎あたりが適任だったのではないでしょうか。

 

ちっとも盛り上がらないセンスオブワンダーな直虎のオープニング「天虎」が「義経」のメインテーマくらいドラマティックだったら、開始1分で期待感を煽り視聴者の心臓をわし掴みにしてくれたはず……。個人的には、直親が死ぬシーンにも「パリは燃えているか(by 加古隆)」くらい絶望感と悲壮感をかもすピアノ曲が欲しかったな……という感想を抱きましたね。あのシーン、絶望感も喪失感も足りなくて本当にもったいなかった。

 

パリは燃えているか

パリは燃えているか

  • 加古隆
  • サウンドトラック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

▼岩代太郎が手がけた大河ドラマのサントラ(※全部名作)

 

4、NHKが最高にあざとい

直虎のサブタイトルに元ネタを仕込み、Twitterで話題にしてもらおう!という「あざとさ」には、初回からイラッとしていました。真田丸のSNSプロモーション成功に味をしめた公式がこんな形でしゃしゃり出てくると、視聴者は一気に白けムードになるため作品の心象まで悪くなります。こういうのはファンが自発的にネタにし、身内だけでワイワイ盛り上がるからこそ楽しいのに……。

 

作中で度々登場する「ナレ死」も、サブタイトルに匹敵するほど最高にあざとい所業。おそらく制作陣は「ナレ死させればTwitterで視聴者がネタにしてくれるはず!」と踏んでいるんでしょうが、真田丸を意識した演出で視聴者におもねるのは完全に逆効果ですね。そもそも、おんな城主直虎が作中でやっているのは「真田丸のナレ死」というより「天地人のナレ合戦補完(怠慢オブ怠慢で評判最悪なやつ)」に近い。

 

総括

というわけで、おんな城主直虎の不振要素は恐らくこれだろう……と思われる部分を挙げてみました。脚本自体はとても地味ですし、女性脚本家特有の現代思想エッセンスも盛り込まれてますし、お涙頂戴のご都合主義もわんさか出てきますが、一部12話と二部のあらすじ見る限り、今後さらに面白い展開になっていくのでは?と、私は密かに期待しております。

 

芸人多用のキャスティングだけ見れば完全に駄作ですが、脚本がそれをどう調理するのか……。そして二部のあらすじを読む限り、どう転んでも無理そうな「二枚目俳優少なすぎんねん問題」は、いずれ解決されるのか……。色んな意味で4月からもますます目が離せない「おんな城主直虎」に乞うご期待!

 

▼おんな城主直虎関連リンク