よなかのはなし

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監視社会の系譜と消失するプライバシー、ビックブラザーは本当にあなたを見守っている?

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今、街なかを歩けば、数十メートルごとに我々の姿をとらえる監視カメラの姿を見つけることが出来る。防犯という名目の元、新たに取り付けられる防犯カメラのほとんどは高性能なデジタルカメラで顔立ちや服のシワまでばっちりと認識できる。

年々進化する情報監視技術

監視カメラが撮影したデジタル映像は「顔貎認識技術」を使えば、免許証などのデータを参照し、簡単に個人情報を割り出すことが出来るという。つまり日本中のどこにいようと、監視カメラに映り込めば現在地までをリアルタイムで監視できるシステムがあるということだ。

 

また、最近ではTwitterやFacebookなどのSNSが、誰に頼まれるでもなく市民監視の目を光らせている。もちろん、企業・個人に関わりなく当然罰されてしかるべき悪事や隠蔽が露呈するのは、国民にとってはメリットだろう。しかし、このような風潮がさらにエスカレートしていくと、モラルのない人間たちによって大衆の日常生活が脅かされることになる。

 

インターネットでは、個人情報監視技術が日々進歩している。今ではスマートフォンもアプリをダウンロードすると、あらゆる個人情報へのアクセス許可を求めてくるまでになった。ブラウザはCookieを使い、これでもかと広告におすすめ商品を送信してくる。2001年に書かれたデイヴィット・ライアンの「監視社会」が予想していた世界が、年々距離を縮めてきているようだ。

 

監視社会を知るための系譜

 国際大学GLOCOMのサイトに、「情報通信ジャーナル」誌に掲載されていた興味深い「監視社会論」がある。その第一章に出てくる「系譜」を見ると、監視社会の変遷がよく分かる。

 

ジョージ・オーウェル『1984』

オーウェルの時代の全体主義的な国家における監視の主体者は常に権力者であって、監視の結果は権力維持のためにのみ使われた。これに対して現代の 自由主義社会における監視は、相互の安全、協調、協調統治、および管理のための市民による相互監視の場合の方がむしろ多いのである。そのような「監視」 は、オーウェルの描く世界の「監視」とはまったく異質のものであるから、「監視」を論ずるに当たって、オーウェルの論議を現代社会に当てはめて一般化しよ うとするのは、じつは見当違いなのである。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

ベンサムの『パノプティコン』

19世紀になると、英国の哲学者ジェレミー・ベンサムが"教育刑実現"のための方法論として、パノプティコン(一望監視型監獄装置)を考え出し た。それは、中央の監視塔の周囲に円環状に独房を配置した構造で、中央の塔から差し込む光によって、看守から囚人は見えるが、囚人の方からは、光が邪魔に なって看守を見ることができない仕組みであった。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

アービング・ゴフマン『日常生活の自己呈示』

アービング・ゴフマンは、特に監視やプライバシーに特定した研究を行ったわけではないが、その著書『日常生活の自己呈示』(1959)の中で、劇 場における演技、役割、観衆、舞台裏という比喩を用いた演出的分析(ドラマトゥルギー)を用いて人間の社会的な行動の分析を行った。そして、人間が互いに 見たり見られたりするのは「当然の社会的事象である」として、監視の本質を考える上での貴重な理論を提供した。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

ミシエル・フーコーの『監獄の誕生』

ミシエル・フーコーは、『監獄の誕生』(1975)のなかで、パノプティコンは、囚人をして塔の監視者の視線を常に意識せしめること(内面化)に よって、囚人が命令されなくとも自発的に外部の規範に合致する行動(主体化)をとるようにさせてしまう装置だと分析した。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

バンス・パッカード『裸の社会』

 パッカードは、監視や盗聴によるプライバシーの侵害に対して、きわめて厳しい"批判と懸念"を持って『裸の社会』(1964)を書いた。プライバ シー侵害の実例とその手口が「これでもか、これでもか」とばかりに紹介されている。後世のニクソン大統領による"ウォーターゲート盗聴事件"に対する米国 民の厳しい批判も、こうしたプライバシー侵害に対する危機感と批判が背景となっているのだ。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

ギャリー・マルクスの『監視社会論』

監視社会を最初に学問的に論じたのはギャリー・マルクスといわれている。彼はその著書『監視社会』(1985)において「個人の履歴、身元、住 所、取引記録、身体的特徴、購入の習慣、その他の行動の記録など、それら一つひとつは、小さな情報に過ぎないが、それらを大規模に収集、つなぎ合わせて、 発達したコンピュータ技術を利用すると、それらデータ利用の可能性が飛躍的に向上する」と述べている。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

ウイリアム・ボガード『監視ゲーム』

ウイリアム・ボガードは、その『監視ゲーム』(1996)において、"観察者"と"被観察者"とが分離した関係は、現代の情報化社会においては、 すでに崩れ去っていると指摘した。特にデジタル技術とインターネットの世界においては、観察者も他者から観察され、被観察者も他者を観察するようになって いる。つまり情報化社会においては「誰もが有名かつ無名な」社会なのだという。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

ディビッド・ライアンの『監視社会』

カナダ・クイーンズ大学社会学のディビッド・ライアン教授は、その著書『監視社会』(2001)において、統治や管理のプロセスに情報通信テクノ ロジーに依存するすべての社会は「監視社会だといえる」と述べて、監視社会は高度情報化社会の必然的な帰結であることを指摘した。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

ラインゴールド『スマートモブズ』説

本書の主要テーマは、急速に発展しつつある情報通信技術は、監視やプライバシーの問題を伴いながらも、これまでの「競争の原理」に代替する「協力 と協調の原理」を着実に推進しつつあるということである。現実にいま、人々の間では、ケータイやインターネット上でテキストをやり取りし、何か一つものを 作り上げようと協力する活動が目立ってきている。ハワード・ラインゴールドによれば、この協調活動の主体こそが、スマートモブズ(賢い群衆)であるという。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

公文俊平の『情報社会学序説』

公文俊平は、近著『情報社会学序説』の中で、モバイルでユビキタスなコンピュータ群が持つセンサー機能が「可視社会化」する傾向にあるとし、それ は時に「監視社会」化と呼ばれることがあると指摘している。だが、同時にライアンがいうように、監視には常に「二つの顔」、すなわち他人への配慮の顔と管 理の顔とがあることを忘れてはならないとも述べている。

第2回 : 監視社会論 - 再考(1)

 

監視社会を知る映画作品

監視社会を描いた映画作品には面白いものが多い。昔は「ないない!」と笑って見ていられたが、今後日本でもいつか映画のようになる日も近いと思えば見るにもつい力が入ってしまう。

 

「監視社会型ディストピア」にありがちな10のルール

1:位置情報を当局へ送信するものを身に着けさせられている

2:家のテレビがアナタを見ている

3:クレジットカードで買ったものが全て知られている

4:政府の知らないところでは、新たな友人が作れない

5:SNSでシェアしたことを政府は全部知っている

6:路上や会社では、隠しカメラが見ている

7:一番面白いテレビ番組は、監視下で行動する人間ウォッチングである

8:ロボットがあなた宛のメイルを全て読み、キーワードを探す

9:友人に映像や音楽を贈るのは犯罪となる

10:もはや誰もがプライバシーが何なのか判らなくなる

プライバシーが無い! 監視社会型ディストピアSFのルールTOP10 - Ameba News [アメーバニュース]

 

 

おまけ

監視社会を取り扱ったテレビ番組では、WOWWOWの「1984 普及のSF小説から生まれる過去・現在・未来」が面白かった。